次の引越し先決定

ローバーから送られてくる火星の映像を観るにつけ、かなり良い物件だと考えるようになった。アメリカは何だか煩く世知辛い奴だと思っていたが、ここに来て俺に不動産紹介をするとはなかなかの余裕をみせるではないか。少し見直してやろう。
……いや駄目だ、赦すまじ。スピリットはともかく『オポチュニティ』というたびに噛んでしまう舌の痛みがそう主張する。口内炎薬のケナ○グは不味いのだ。 ともあれ。
あそこはここより随分小さいようだが、表面積はここの陸地とほぼ同じだ。同じ広さの土地、なのにあそこはまだ誰も住んでいないそうだ。一日も約37分長いだけ、最初の時差ぼけさえのりきればあとは何とかなる範囲内。もちろん大気が薄すぎること、重力差や、ここと比較して0.6%しかない大気圧などは考えない。瑣末な事だ。
ま、呼吸に関してはCO2が成分中95%を占めるほど豊富に有るようだから、慣れればそのうち吸えるようになるだろう。学生の頃の煙草の要領だ。今は無くては生きてゆけない処も一緒。
脱出速度5.2km/sということはマッハ15、NASPのハイパーXでさえスクラムジェットのみでちょっとした惑星外旅行も可能だ。仕事が休みの日にはフォボスダイモスで家族とバーベキューを愉しむのもいいだろう。ダイモスは半径6.5kmと小さめだからあまり盛大にやると煙がこもるかも知れない。備長炭のほかにフェイルセーフとして、無煙ロースターを家財に仕込んでおくのを忘れてはなるまい。
ここでも無論、X-43Aの現行マッハ7という発表や、JAXAに於けるHOPE研究のHYFREX実験が芳しくない事などを俺は信じない。HSCT計画のレコードマッハ8というのも。宇宙往還機は既に完成しDARPAは隠しているのだ。そんなに俺を警戒しなくていいのに。
バーベキューもいいが、それでもやはり観光の目玉はオリンポス山だ。アレオイド面より標高二万メートルを越える盾状火山の山頂からの眺めはさぞかし絶景だと思われる。富士山での失敗を鑑みて、設置される便所は初めからエコトイレにするよう進言しなければ。
極冠は氷、ドライアイス層があるらしいがこれはパス。俺は寒い所が苦手なのだ。苦手というより嫌い。大嫌い。憎んで余りある。余った分は沖縄にでも進呈しよう、ハワイでもいい。グアムでもサイパンでもセブでも。着払いで。ザマアミロ、金払って俺がしたことの無い海外旅行いった奴。凍てつくゴールドコースト、雪降るバリ。ブラヴォー!
……コホン。しかし個人の趣味嗜好は尊重されるべきであり、愛息がスケートしたいなどと言いだしたら快く送り出すくらいの度量は俺にだってある、貸し靴券の200円とジュース代120円を持たせて。もちろん気温の振幅が約150℃に及ぶことや激しすぎる四季など以下略。 


こんなユートピアのような土地が丸々惑星一個あるのだ。いやユートピアというものは何処にも無いという意味らしいが、火星は実在するのだ。大接近のときこの目で確認した。職場のおっさんは肉眼で土星の輪まで視えたとのたまったが、そんな電波野郎のタワゴトになぞ俺は耳を貸さない。幾ら頑張っても見えなかったので、土星の存在は疑わしいと考えている。
それはどうでもいい、いまは火星だ。行かねばなるまい。幸い俺はテラで大した仕事も持っていない、切って切れない縁などというものも。
おおハニー!悲しまないでおくれ、忘れちゃいないから。いざ共に逝か往かん!!
まずは足の確保、来年打ち上げ予定のマーズ・ルコネッサンスに席をリザーブしよう。今度はオービターだから今から予約すれば大丈夫、きっと空きはある筈だ。またアメちゃんに頼らなければならないのが僅かに癪だが。 さて――

だれか電話番号を教えてくれないか? ついでにそれが何処なのかも

ここまできてパクりすか!?  (それも昨日にひき続き……)